共楽館の[構造]

design

 100年前に企業の娯楽施設として創建された共楽館。当初は劇場・多目的ホールとして使用されていましたが、50年経ったとき市に寄贈され、現在の武道場に生まれ変わりました。その際に舞台や客席はすべて取り払われたので、内装で劇場時代の面影を残すものは格天井だけとなっています。

 では、武道館になる前の共楽館はどんな姿だったのでしょう。竣工時(大正6年)の建築図が残されているので、その画をもとに昔の様子をご紹介いたします。

 

  概 要

■正面の幅: 約 28.8 m

■奥行き : 約 38.7 m

■高さ  : 約 16.6 m

■建築面積: 1,123㎡(338 坪)

■収容人数 約1,500名 

※六代目尾上菊五郎公演の時は「観客4000人入場」との記録があります

 

【着工】 1916年(大正5年)5月

 

 設計:日立鉱山職員

 建設:日立鉱山工作課

 工費:約35,000円(※工期はわずか9か月)

 

【竣工】 1917年(大正6年)

 

【舞台開き】1917年 2月11日

 

 鉱山技師が帝国劇場や歌舞伎座などの劇場を視察し、それを参考に設計したと当時の新聞では報道されました。 玄関や階段室が広々と作られていたり、屋根裏に排気口が多く設置されていたり、当時の建物としては珍しいこれらの特徴は工場建築に似ており、設計者がいわゆる建築家ではなく鉱山技師であることをまさに示していると考えられます。

 

 

 外 観 

 

【外観】はトタン葺きの大屋根が掛かった木造2階建て(入母屋木造真壁づくり)。全体的に和の趣きですが、2階の外周にハーフティンバー様式という西洋建築の手法が見られるなど、和風の中にも洋風を融合させている面がみられます。

 

立面図(西側面)

 

【正面】から見た姿は左右対称。唐破風(からはふ)屋根の掛かる階段室が両袖にあり、寺院本堂前の対の灯籠のように本館から迫り出ています。また、その破風には蟇股(かえるまた)や懸魚(げぎょ)獅子口(ししぐち)の装飾が施されるなど、和風の社寺建築の手法が随所に見られます。

 

立面図(正面)

 

屋根】の小屋組(骨組み)には[洋小屋(キングポスト・トラス)]が採用されました。 変型に強いトラス構造(三角形の組合わせ)にすることによって、客席の大空間[21.8m×20.m 柱なし][天井高7.8m] を支えることが可能となっています。

 そしてその木組みには分厚い鉄板とボルトが使用されるなど、当時の和小屋の施工では珍しい西洋建築の技法がここでも用いられています。

断面図 

 

 内 部

 【客席】通常は8人掛けの畳付き長椅子を配置。本格的な椅子席を設置したのが確認されているのは、現存する日本の劇場では共楽館が最も古い例とされています。単に歌舞伎などの舞台芸術ばかりではなく、映画を含めた様々な種類の芸能を上演することが、当初から計画されていたとうかがえます。 

 

【舞台】本格的な歌舞伎ができるよう、舞台には二つのセリ穴や揚げ板がある大芝居用の回り舞台が配置され、客席には花道が備えられました。 

 

 回り舞台:直径 約9.7m(32尺)

 揚げ板 :約(1.8m×1.35m)×2枚

 

 

平面図

〔地下〕舞台,花道 下部

 

※花道の床下には人が行き来できる空間が設けられている

〔1F〕


【1階】客席の床はコンクリート平土間。畳付き長椅子 設置(8人掛け・取り外し可能) 

【花道】取り外し可能。掘り下げた部分の床を厚板でふさげば、椅子も設置できた。

【2階】客席は全て桟敷席 

〔2F〕


【天井】大空間に柱は無く、天井は格調高い格天井。格子の一マスは畳2枚入る大きさ。